相手の顔色が気になってしょうがない!姑から言われた一言

相手の顔色が気になってしまうことはありませんか?

相手の言ったことに関して勝手な解釈をして落ち込んでしまうことはありませんか?

私は、昔からその傾向があります。相手が何を考えているのか裏の顔を読んでしまうんですね。

すっごく面倒クサイ女です^^;

自覚はしているのですが、いまだに改善されず、自分なりに考え方を変えるトレーニングをしています。

今日はその方法をご紹介しますね。

姑から言われた一言が気になってしょうがない!

結婚当初、姑が我が家に遊びに来た時の話。たまにしか会わないので腕によりをかけて手料理を振舞いました。

「あら?味つけが濃いいわね」と一言。

姑はさらっと感じたままを言ったのでしょうが、私にとっては、自分の料理をちょっと否定された感があったのです。

「こんな味つけの濃い料理を息子に食べさせているなんて!」

挙句の果てには、「私のことをよい嫁とは思ってないのかも…」なんて、心配し出すわけです。

こんな感じに余計な意味づけをしてしまうと、姑との関係性がゆがんできますよね。

こういう場合、姑の発言に何の意味づけもせず、「あら、そうでしたか」と言うだけで十分だったのでしょう。

離れて暮らす姑と嫁という、ちょっと距離のある関係性の場合、‘相手の発言に何の意味づけもしないで流す” ということの方が、自分が傷つかずにすむだけでなく、二人の関係性を悪化させないためにも効果的だったのです。

これってあらゆる人間関係についても言えることだと思いませんか。(距離のある関係に限らず)

「味つけが濃いダメな嫁ね」と直接言われたわけでもないのに勝手に「ダメな嫁だと思っているのではないか?」などと相手の胸中を勝手に推測してしまっていると、関係性が悪くなってきますよね。

自分が反対の立場になって考えてみると、「あなたの本当に言いたいことを読むからね!」という姿勢が前提となっている相手との関係ほど苦しいものはないですよね。

なんだか暴力的にすら感じてしまいます(ΠΔΠ)

・自分はそんなつもりがないのに

勝手な解釈をされてしまう。

・いつも顔色をうかがわれてしまって、暑苦しい。

・相手が何を考えているのか、いつも顔色を読んで

ビクビクしていなければならない。

こんな関係性って豊かだとは言えませんよね?

相手が言葉で伝えてこないことは「なかったこと」にすると、気分が楽に

 

最初っから相手のことがわかる人はいません。

人と人との関係性は育てていくものです。手をかければその分、豊かな関係性を築くことができます。

つまり、「相手の言葉の裏を読まなければ気が済まない!」といった心配ごと要素をできるだけなくすために、

自分も相手に必要なことは言葉でちゃんと伝えていく。そして、相手が言葉で伝えてこないことは「なかったこと」にするという姿勢で臨むと、自分自信も楽ですし、だんだんと良い関係が育っていくと感じます。

まとめ

結婚して5年。その間、「姑という生態」が理解できてきました。

姑は悪気は全くない人で、感じたままをすぐ口に出す素直なタイプでした。

ちょっと天然が入っていて、何だかかわいく見える時さえあります。最初は「姑」というだけで、気構えしていたのですが、付き合っていくにつれ、接し方がわかってきました。

姑は、言葉で伝えてこないことは何にも思っていないのだということ。もちろん、心の底は読めません。しかし、その後の姑の態度を観察していると、「本当に何も気にしてないんだな~」と思うことばかり。

やっぱり時間をかけて付き合っていかないと、わからないことってあります。

反対にご近所で、過剰に褒めてくださる女性がいるのですが、逆にその方が怖いです。褒める要素がない時にも褒めてくださるので。

ある日、その方からピンポーン!とチャイムが…。

「○○会があるから参加しませんか?(宗教のお誘い)」がありました^^;

もちろん、そんな方ばかりじゃないのですが(→ο←)